大判例

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宇都宮地方裁判所 昭和22年(ワ)176号 判決

原告

大橋征次

外一二三名

被告

被告

栃木縣知事

主文

原告等の本訴請求は夫々之を棄却する。

訴訟費用は原告等の負擔とする。

請求の趣旨及び事實

原告等訴訟代理人は請求趣旨として原告等に對し被告栃木縣知事(昭和二十三年(行)第二四號以下事件にては被告等は)は同被告が爲したる別紙記載内容(買收決定年月日所有者氏名住所所在地番地目面積對價)の買收處分の對償を夫々別紙記載の希望價格の通り夫々變更する旨尚昭和二十三年(行)第二九第三〇第三三第三七第四五號事件に付いては原告等に對し被告等は別紙記載の土地の所有權が夫々原告等に屬することの確認を第一次の請求として求むる旨の判決を求むと申立て其請求原因の要旨は請求趣旨に表示した土地(田畑及未墾地合計二九七四筆)は夫々原告等の所有農地のある被告栃木縣知事は自作農創設特別措置法(以下自創法と略稱)に基き昭和二十二年中別紙記載の日時に前記農地に付次々請求趣旨表示の如き對價を以て買收處分を爲し、別紙記載又は訴状請求趣旨記載の日時に原告等に對し夫々買收令書を交付した但し原告境敏滿先代喜一郞は其後死亡し右原告が其權利關係を承繼した、而し右買收處分に於ける田畑の買收の對價は自創法第六條の規定に從つたものであつて地租法に依る當該農地の賃貸價格(別紙記載參照)の田に付ては四十倍畑に付ては四十八倍の範圍内に於て定められたのであるところが憲法第二十九條第一項は財産權は之を侵してはならない、又同第三項には私有財産は正當な補償の下にこれを公共のために用いることが出來ると規定してあるから前記買收處分に依り原告等は其農地の所有權を喪失するがこの公用徴收に對しては正當な補償が爲されねばならない、これ憲法が基本的人權である財産權の不可侵を保障している當然の結果である而して此の正當な補償は公用徴收當時に於ける一般經濟事情を考慮して公平妥當に決定せらるべきものであることは多言を要しない然るに前記買收處分の對價たるや農地反當り七〇〇圓乃至八〇〇圓であつて之が憲法の補償する正當な補償でないことは何人と雖も承認する筈である、自創法第六條が定むる農地(田)買收對價の依つて來る根據を政府公表の資料に依り調査するに反當玄米收量を二石とし之を基礎として收支計算を行い自作農が收得する純收益を算出し之を國債利廻に依り逆算して自作農が有する反當經濟價値即ち自作收量價格なるものが金七五七圓餘なることを算出し、又この金額が標準賃貸價格金一九圓〇一の約四十倍に該當すると言うことである、然し其計算方式は收支計算の内收入の部のみに付て見るも米價は政府が法令に依り任意に定めたもので苟も買收對價は政府が法令に依り任意に定め又は制限したる價格若くは斯くの如く定められ又は制限せられたる價格を基礎として算出せられたる價額を指すものではない、又地主の農地所有權は單純に小作料を取立てることのみの權利であると言うのは誤りで農地調整法(以下農調法と略稱)第九條第一項但書は地主が自作を相當とする場合は地主は賃貸借の解除解約及更新の拒絶をすることが出來完全なる農地所有權の行使が出來ることが定めてある、それで農地の買收對價は被告の計算を一應是認するとするも自作收益價格を基準とすべきでなく地主採算價格を基準として用うべきは理の當然である、唯賣渡對價の方面では自作收益價格を基礎として倍數を計算することになる從つて自作收益價格によりて算出したる買收對價は誤りで地主採算價格を基準とするときは農地田は賃貸價格の四十倍が五十一倍となり畑は四十八倍が六十二倍となる計算であつて計算方式自身誤謬である、尚日本が民主國家の再建を急ぎつつありて法律も亦民主化せらるべきは當然であるのに自創法及農調法はこれ程非民主的法律は他にないと言うことを強調する次に然らば憲法第二十九條に所謂正當な補償とは何かと言うにそれは公用徴收せらるる財産の價格であつて經濟界に於ける取引上認めらるる本質的經濟價格を指稱するものである米の闇相場を以て直に本質的經濟價格なりと言うことは出來ないとするもそれは日本銀行劵の發行數量その他一般主要物資等の價格と比較する等合理的に決定すべきものでこの決定は相當困難であることは認めるが要するに公定價格でもなく闇價格でもない實効價格とも言うべきものがあることを確信する今日吾々が最低限度の生活を營む上に於て公定價格のみが行われるのでもないことは何人も疑わない所であると同時に闇價格のみが行われるのでもない、その中間とも言うべき實効價格なるものが存在すると言うのであるこの實効價格を見出すべきであるそこで自創法の農地買收對價を山林の賣買價格に比較するとこれは極めて不當なることが明瞭である現在山林(採草及家畜の放牧以外の目的に供せらるるもの)に付ては權利移動の統制もなければ價格の統制もない、其價格は一反歩三、〇〇〇圓乃至一〇、〇〇〇圓の間に在りこれで田畑に開墾するには少くとも一反歩一萬圓の開墾費を要するこれは勞働賃金一日百圓として百人分の計算である、それで開墾した田畑の原價は一三、〇〇〇圓乃至二〇、〇〇〇圓と言うことになるこの開墾地からは一反歩最低米一俵の收獲があるとするも公定價格にして六八〇圓(一石は千七百圓)であるから充分採算がとれるのであるこの米一俵六八〇圓を農地證劵の利率三分六厘五毛で還元すると一八、六三〇圓となるのでこの代金で買手があるのである米一俵の公定價格六〇圓(一石百五十圓)の時の計算にしてもこの金額は一、六四四圓である勿論米を收獲するには土地の外に勞力農機具肥料種子等が必要でありこれ等の價格の計算は困難なる問題ではある然し山林價格が現存する事實を無視することは出來ないのではないか尚昭和二十二年度農地所得に付き宇都宮税務署の査定(反當り)は田(一毛田)三、〇〇〇圓乃至三、五〇〇圓畑(一般)三、七〇〇圓乃至四、八〇〇圓其内麻七、五〇〇圓乃至八、〇〇〇圓干瓢七、〇〇〇圓乃至九、〇〇〇圓煙草八、五〇〇圓乃至九、〇〇〇圓野菜一五、〇〇〇圓であり右の内畑は夏作だけの收入であるが冬作の收入もこの外にある譯であるから畑一反歩の收入で畑七反歩乃至三町歩買取ることが出來田一反歩の收入で田三反歩が買えることになるのである、又登記所關係に於ては現在山林の賃貸價格は其千五百倍迄を正當なる登記價格と認めていてこれに依ると賃貸價格一反歩僅か二圓の山林登記價格は三、〇〇〇圓となつているのである農地買收價格が如何に不當のものであるかは爭う餘地がない、次に既住の田の賣買價格を考察すると農地改革に依る最初の價格統制は昭和十六年二月の臨時農地價格統制令であるから當時の一般自由取引價格が當然一應の基準となるべきである、そこで之に關する全國平均の反當り價格としては農林省調査に依ると四九九圓勸銀調査に依ると七〇〇圓であつたそれでこの昭和十六年を基準として現在の價格を算出することを考へて見ると其一は物價の變動に應じて算出するもの其二は日銀劵發行高の變動に應じて測定するものの二つあるが日銀調査に依れば一般物價指數(特に綜合實効價格指數を採用する)に於て昭和十六年を一〇〇とすれば昭和二十二年七月の卸小賣の平均は六、八四九であり公定物價指數(但東京物價指數)に依れば同期の數字は二、二八九である從つて之を前記昭和十六年の反當り平均價格に當てはめれば農林省調査のものは三四、一七六圓五一及一一、四二二圓一一となり勸銀調査のものは四七、九三四圓及一六、〇二三圓となる又日銀劵發行高は昭和十六年十二月は五十九億三千萬圓弱であつたが昭和二十二年七月には千四百億圓強であつて約二十三倍半の膨脹であるから昭和二十二年七月に於ける田の反當り價格は前記三四、一七六圓五一と一一、四二二圓一一との平均二二、七九九圓三一及四七、九四三圓と一六、〇二三圓との平均三一、九八三圓の兩者の總平均二七、三九一圓一五であると見ることが出來ると考へるが最低に見ても前記一一、四二二圓一一と爲すことが出來る、以て買收對價の參考と爲す最後に自創法第六條の買收對價は前記の政府が採用した資料の算定後に於ける經濟界事情の激變に付ては少しも考慮に入れてない田一反の買收對價が鮭三尾の代價にも及ばないと言うが如き奇怪なる結果となり今日の經濟事情よりすれば殆んど名目上の對價たるに止まり實質上は無償にて買收せらるるのと異なる所なき事態となつたのである、米の買上價格が一石一五〇圓の時定めた農地の買收價格を一石一、七〇〇圓となつた今日迄其ままに据置いてこれが正常な補償だと言つても承服することは出來ない米の買上價格の引上げは生産諸經費の增加を物價體系中に合理的に織込んで所謂バリテイ計算に依るものであつて小作收益價格計算の地代部分には變化はないと言ふのは強辯に過ぎない物價の昂騰があつても預金の額面又は國債の額面が變更しないのと同じく農地所有權の價格もこれに依つて變更を見るべきものではないと言うことは額面が變らぬのを見て貨幣の購買力が激減していることを看過することになる實社會に迂遠なりとのそしり免れない昭和二十一年三月に封鎖された預金百圓は今日之を引下しても額面はなる程一〇〇圓であつても其購買力は二十五圓にも當らないであらう從つて封鎖當時百圓で買へたものは今日では四百圓になつている正當な補償をする爲めに米價の引上げに應じて買收對價の引上げを爲せば引上げの前後に於て差異を生じ不公平となると言うこと及之に因つて買收手續の遲延を生ずるから引上げを爲すことは妥當でないと言うことは事態の本來を顛倒しているのである問題は基本的人權たる財産權に對する侵害の補償であるから不公平を生ずるとか遲延を來すとか言うことは要するに手段に關するもので手段の爲めに基本的人權が侵されることになつても止むを得ないと言うならば新憲法に於て強調する個人の尊嚴と言うことは何處にあるのであるか手段を改めねばならぬことは當然である以上は田畑に關するものであるが未墾地に關しては買收對價は自創法第三十一條第三項の規定に基き定められたのであるが田畑と同樣當時に於ける一般物價と比較して著しく低廉に過ぎるのであつて田畑に關する不服の理由を全部援用して主張する、次に自創法第六條等は憲法第十四條にも牴觸するから無効である即ち現行の農地買收制度は前段述べたる如く一反歩少くとも一萬數千圓の價格ある農地を地主からは無償同樣の價格及び支拂方法にて強制買收し之れを無償同樣の價格及び支拂方法にて小作人に賣渡すものであつて、所謂農地改革は地主のみの犠牲に於て行われ小作人に厚く地主に薄い制度と言はなければならない、憲法第十四條は國民は法の下に平等であつて人種信條性別社會的身分又は門地により政治的經濟的又は社會的關係に於て差別されないと規定されているのであつて地主と小作人との間に政治的經濟的に著しい差別を設けたるもので自創法第六條は憲法違反である以上の理由に依り前記被告の爲したる買收處分は無効であつて前記農地の所有權は以前原告等に屬する次第である依つて昭和二十三年(行)第二九第三〇第三三第三七第四五號事件に付ては被告に對し其所有權が原告等に存することの確認を求め豫備的請求として買收處分が無効に非ずして買收對價を變更することを要する場合なるときは爾餘の事件と共に右買收處分農地の對價の變更を求むる爲本訴請求に及びたりと謂うに在り立證として甲第一號證の一、二を提出した。

被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答辯として權利保護要件に關し原告等の一部は所有權確認を求め被告を栃木縣知事としている、然し栃木縣知事は自創法の規定する所に依る買收令書の交付を以て農地の買收處分を爲すが之れに依り原告等は所有權を喪失しその所有權を原始的に取得するものは國であつて栃木縣知事ではない、即ち國が被告たるべきで栃木縣知事を被告とするのは失當である次に買收處分の變更の請求に於ても栃木縣知事を被告としている然し買收處分に於ける買收對價に對し自創法第十四條所定の最高額を超えて增額變更を求むるのであるが法律の執行機關に過ぎない栃木縣知事に於てその變更に付て何等の權能を有しないからして原告等は栃木縣知事を被告として斯かる請求を爲し得ないことは謂う迄もない、裁判所は判決を以て新なる行政處分を爲すことは出來ないのであると述べ本案に對する答辯の要旨は原告等主張の事實中、原告等が其主張の農地の夫々所有者たりし點其主張の農地に對し夫々買收處分の爲された點は之を認むるも其他の點は否認する以下原告等の請求に對し論駁を行うのであるが先づ第一に農地や米に付て原告等主張するが如き取引上認めらるる本質的經濟價格と言う樣なものは現實には存在しない農調法第六條の二は農地の價格を法定し自創法はこの法定價格と同樣の價格を補償するものである法定價格の外に闇價格の存することは認めるが原告等と雖も闇價格を主張するものでないことは自から認むる所であるから原告等主張の價格は法定價でもなく闇價格でもない架空の價格となり、到底認容し難い元來價格とは交換價格の貨幣に依る表現である、從つて市場の存在が前提となるのであるが價格は如何にして決定されるかと言うに市場で決定されるものは所謂競爭價格であり、獨占價格も亦市場で決定される市場で決定されないものは公定價格(統制價格、行政價格、政治價格)であるこれは國家の強權力に依つて決定されて強制される價格である法定價格は市場から離れて決定され寧ろこれに依つて市場の需給關係を支配せんとするものである國家が法定價格を決定する理由は種々あるが價格の形成を自由市場に放任するならば價格の暴騰に依り國民生活を破壊する等公共の福祉を害するに至る惧ある場合などそれである、又國家の特殊な政策目的を達する爲め之を採用することがある市場價格の方は需要供給の相關關係により社會的に平均化するに至るのであつて平均利潤を確保する樣な價格に歸一せざるを得ないことになる、換言すれば自由經濟に於ける價格は經濟原則に從い決定されるが統制經濟に於ては國家目的を達する爲に價格を統制するのである、唯經濟法則を全然無視することは許されないのは言う迄もない然らば農地の價格は如何に決定せらるるかと言うに自由經濟の下に於ては農地は生産手段であると同時に商品として取扱われる自然の所與であつて勞働の生産物ではないと言う點で他の商品とは異なることを注意せねばならない即ち農地は農産物を生産しその生産された農産物價格から地代を生ずると言う意味に於て價格を持つのである即ち地代利子率で資本に還元したものが農地價格である、然らば地代は何故生ずるかと言うに農地は自然の所與であつて自然的生産條件を平均化することは出來ない從つて下田を基準とすることになるのであるが農産物に付ては利潤平均化の方則が作用するが故に下田にも平均利潤が確保せられ又上田にも平均利潤が確保せられる從つて上田に於ては平均利潤を生産者が手許に確保した後にも猶平均利潤以上に出る利潤が生ずるのであるこれが地代となるのである、換言すれば農産物價格から生産費を差引きその純收益から平均利潤を差引き殘つた部分が土地所有者に歸屬する地代である然し我國經濟は戰爭中の戰時統制經濟より戰後統制經濟に移行したが統制經濟が行われて居り農地の價格も亦法定價格が決定せられたのである即ち農調法第六條の二がそれであつて農産物即ち米の價格より生産費と平均利潤を差引きたる殘りの地代部分を基準として之を國債利廻りで資本還元したものを以て農地價格とした所謂自作農收益價格であるこの價格を外にして農地價格はないのである、第二は農地の價格を米の價格と共に法定し又米の價格を引上げても農地の價格を引上げないことは正しいそれは先づ憲法第二十九條第二項に規定する如く財産權の内容を公共の福祉に適合するように定めたことになるからである、我國は昭和二十年八月十四日爲したポツダム宣言の受諾並びに同年九月二日行われた降伏文書の調印の結果、國家の根本理念を變革し政治的にも經濟的にも民主主義化せねばならぬこととなつたそれで農村に於ける民主的傾向の促進を圖るべく農地關係を調整し且つ耕作者の地位を安定しその勞働の成果を公正に亨受させ又自作農を急速且つ廣汎に創設し農業生産力の發展を期することとなり昭和二十年十一月二十二日農地改革が閣議決定を見るや既存の農調法を改正し、又自創法を制定し且つ改正したのであつて農調法にて農地の價格を決定し自創法にて買收對價を定むると共に買收計劃は之を原則として昭和二十年十一月二十三日の現況に遡及せしむることとし手續の遲延による不公平を除去し價格も一定して買受くる耕作農民が買受代金の支拂に依つて農業生産力の發展に支障を來さしめず又インフレーションに依る財政の過大なる負擔を避けることと爲したのは一に公共の福祉の爲めであることは一點の疑を容れない、尚農地の價格算定に對し自作收益價格を採用し地主採算價格に依らなかつたのは農調法にて價格及小作料の統制小作料の金納化小作地引上の禁止制限使用目的變更の制限することとなつた爲、農地所有權の内容は現在耕作するものが自から使用收益することを本質とする財産權となり又所有者が小作料を收納するだけの財産權となつたのであり農地改革の精神からも働く農民が自己の農地を耕作する場合の價格に依ることが當然であると言えるし、而も地主採算價格は自作收益價格より低かるべきであるのに我國に於ける小作料は諸外國の小作料よりも高く小作人がその最低生活を營む經費以外は全收益を小作料に支拂うと言うのが普通で時には小作人の勞働力の再生計費さえ喰込む程高率であつたので働く農民の自作收益價格より働かない地主の採算價格の方が高くなつていたこれを農地價格の基準とすることは許されない、尚又農地價格は之を決定した後他の物價に變動があつたけれども之を變更しなかつたことに付ても農地所有權の内容が小作料を收納するだけの財産權となつたと言うことは元金に對して利息を收納する預金若くは國債の額面が他の物價の變動に依つて變更されないと同樣農地價格も他の物價の變動に依つて變更されないとも言えるが物價政策からしても統制經濟の行われている我國に於ては合理的に物價體系を樹立運營すべきであり、他物價はインフレーションに依る生産費の騰貴以外特別の理由のない限り引上ぐべきではないし農地價格もインフレーション阻止と言う我國重要の政策から見ても他物價を引上ぐることあるも之を引上ぐるべきでないことは明白である之と反するときは國家財政は破局に陷るべくかくては農民の負擔は增大し農村の民主化生産力の增強は不可能となり公共の福祉は害されること甚だしいのである。最後に我國は降服後連合國最高司令部の管理下にあるところ第二次農地改革案が國會にて審議中、昭和二十年十二月九日に最高司令官は農地改革に付て覺書を發表し政府は民主化に對する經濟的障碍を除去して個人の尊嚴を全からしめ且つ數世紀に亘る封建的壓制の下農民を奴隷化して來た經濟的桎梏を打破する爲め小作人に相應する年賦償還に依る小作人の農地買收制を設くべきことを指示し又昭和二十一年五月二十九日第六囘對日理事會に於て農地問題に關しソ聯代表は田地一反歩平均四四〇圓以下畑は一反歩平均二六〇圓以下たること昭和二十年十二月二日以後の土地の賣買其他土地の委讓は一切無効と看做すこと等英國代表は田は一反歩二二〇圓畑は一反歩一三〇圓の政府補助金は土地價格を高く吊上げることになるから好ましくないこと小作人の購入代金は二十四年期間以上の公債で地主に支拂うこと十年以上に亘る地主への支拂を認めることは前貸の不當に膨脹することを阻止するものであること本計劃の規定は昭和二十年十二月八日現在の土地に適用するもので右時期以後に於ける賣買名義のみによる地主の耕作等總て承認せざること等の各提案があつた又昭和二十一年八月十四日最高司令官の聲明は自創法案及農調法改正法案に對し日本政府が決定した農地改革案を檢討し滿足した日本政府が古い地主制度の根底を衝くために勇氣と決斷を示したることは慶賀に堪えない日本政府が採擇し承認したこれ等の改革案がこれ迄數百萬の農民の勤勞を搾取し續けた封建的地主制度の害毒を日本農村から一掃することを確信する日本の安定と福祉に寄與すべきこの改革案に對し裏書を與えるものであると發表し右法案の國會通過に當り同年十月十一日農地改革法の各條項及日本の國會が多數でこの法案を承認したこと又日本政府がこの計劃を二年以内に實行すると言う意圖を示していることこれ等のことは極めて廣範圍な又極めて解決困難な問題が勇敢に取扱われていることを證據立てていると發表した又昭和二十三年二月四日最高司令官の農地改革に關する覺書は土地改革計畫の實施は日本に純然たる自由で且つ民主的な社會を創設する爲めの先決要件である本改革の迅速果敢なる實施は不可缺な至上命令であると明言した斯かるが故に農地價格を法定し且つ米價格の引上にも拘らず農地價格を据置き昭和二十年十一月二十二日の現況で農地の買收計畫を遂行することは連合國最高司令官の意圖にも合致する次第である勿論自創法及農調法は憲法施行前制定せられたものだが憲法施行に依つて排除せらるるものでないことは明白でありポツグム宣言受諾か憲法第二十九條に依り誠實に遵守せらるべきことも當然であつて農地價格を法定し且つ米價を引上げたに拘らず農地價格を据置き昭和二十年十一月二十三日の現況にて農地の買收計畫を實施することに適切妥當なる農地改革の遂行であると斷ぜざるを得ない從つて原告等の農地に對する被告の買收處分に於ける買收對價は正當な補償であつて何等憲法第二十九條に違背するものではないのであると謂うに在りて甲第一號證の一、二の成立は之を認めた。

理由

(第一)  昭和二十三年(行)第二九號第三〇號第三三號第三七號第四五號事件の所有權確認の請求に付て審按するに原告等は被告が原告等主張の農地に付き爲したる買收處分の効力を爭ひ其所有權が夫々依然原告等に屬することを主張するのであるが自創法第十二條に依れば知事に於て買收處分を爲すときは農地所有權は政府が之を取得することになるので勿論農地所有者と政府即ち國との公法關係を爭うべきものであるから國を被告とすべきで特に知事に於て國の訴訟を第三者として遂行し得べき權能を認むべき法的根據はない從つて前記訴訟に於ては國を被告とする部分は適式なるも栃木縣知事は被告として當事者適格を有せざるものとす即ち權利保護要件を缺欠するものとして右請求の知事を被告とする部分は之を棄却すべきである。

(第二)  原告等の買收處分の變更の請求に付て被告は原告等に被告が爲した買收處分の農地の買收對價を增額變更せんことを求むるものであるが栃木縣知事たる被告は斯かる買收對價の變更に付て何等の權能を有するものではないから原告等は被告に對し前記の如き買收處分變更の請求を爲し得ざる旨主張するが行政處分の變更の訴提起を許されてゐるのは行政事件訴訟特例法第一條に依り明かであつて前記買收處分の變更の訴が當然不許たるべき明文上の根據はない買收處分の買收對價を增額變更すべき旨の裁判が爲されたるときは新なる行政處分を惹起することあるも處分變更の本質から來る當然の結果でありその裁判は關係行政廳を拘束するものなることは前記特例法第十二條の規定する所であるから行政處分を爲した行政廳は行政處分變更の裁判を忠實に執行すべき義務あり之が執行の爲必要あらば行政法令の改廢の措置も講ずるのは當然である斯かるが故に被告の右買收處分の變更の請求を許さずとの主張は之を採用するに由ない但し買收處分の變更は處分廳たる知事を被告とすべきであるから前記訴訟中國を被告とする部分は當事者適格を欠き權利保護要件を缺欠するものとして棄却せらるべきものである。

(第三)  本案に入り審究する原告等主張の別紙記載農地が夫々原告等の所有に屬したること右農地に對し原告等主張の如き買收處分が其主張の如き買收對價を以て爲されたることは何れも當事者間に爭ひがない爭點は一に右買收對價が低額に過ぎるかどうかと云ふことに在る。

(第四)  原告等は買收處分の買收對價は正當な補償でないから憲法第二十九條第三項に違背すると云ふのであるが右買收對價は正當な補償だと判斷されるので憲法違反ではない其理由を左に述べる。

(一)  憲法に所謂正當な補償の補償は財産權の喪失に對する損害の填補であるがその喪失に基く損害は先ず其財産自體の價格が之に當ることは問題がない其他財産の喪失に起因する精神的の苦痛或は將來得ることあるべき利益等が考えられるこれ等の補償金を合算したものは補償合計額で補償價格と稱する特別の物價ではない。

(二)  原告等主張の農地買收と云う特別犠牲に對する補償は農地所有權の全面的喪失の場合であるから農地價格の全部を補償すべきは當然であつて所謂完全補償になるそこで農地價格以上に何物かを補償すべきやと云ふに農地價格以外の損失は前記の如き精神上の苦痛或は將來得ることあるべき利益であると云ふことになるがこれ等の通常生ずべき損害ではない殊に將來得ることあるべき利益は一の期待に過ぎない從つて之を補償すべきでないと解せねばならない。

(三)  然らば農地の價格は如何にして決定せられているかと云うに我國は戰時中の戰時統制より戰後統制に移行しているが經濟は統制經濟であつて諸物價は原則として統制價格が法定せられ農地價格も農調法第六條の二昭和二十一年一月二十六日農林省告示第十四號に依り統制價格が定まつていた即ち當該農地の土地臺帳法に依る賃貸價格の田は四〇倍畑は四八倍の金額が統制價格であつたこれを實數で表示すれば田は平均七〇〇圓畑は平均八〇〇圓となるこれは勿論市場價格でもなく競爭價格でもない法定價格であり統制價格である。

(四)  原告等は農地買收に對する補償は法定價格と闇價格の中間とも云ふべき實効價格でなげればならないとの意見の樣である諸物價に付て闇價格が存在することは何人も知る所であるが農地に付法定價格が存する以上農地を賣買せんとすればこの法定價格に從わねばならないので農地所有權の喪失に對しては欲すると欲せざるとに拘らず法定價格を取得する外はない農調法は農地の價格を定むると同時に農地の賣買には該價格に依るべきことを命じ之に違反するときは物價統制令に依り刑事制裁を受くることとなるのである斯くの如くであつて闇價格は勿論農地賣買の對價と爲すことは出來ない然らば農地賣買の對價として法定價格以外であつて又闇價格でない價格と言ふものの存在は考えられない。

(五)  農地の賣買には法定價格に從はねばならぬとしても賣買すると賣買をせざるとの撰擇の自由があるのは勿論であつて農地の買收處分は公共の爲めとは云へ所謂特別の犠牲であつて所有者が意思に反して農地を喪失するのであるから兩者の相違は明白である然し此の間に農地の價格の補償以外に何物かを要求し得と解する所に誤謬が存するのではあるまいか即ち自由經濟に於ては公用徴收の場合には恐らく市場價格換言すれば取引上認められる本質的經濟價格を以て補償せらるであろう然し經濟が統制經濟である場合には特殊の國家目的を達する爲に價格が統制せらるるので必然的に經濟原則である需要供給の相關關係に依る價格の決定は相當に無視せられ之に代り政治的財政的社會的理由に依る價格の決定が爲されるに至るのである農調法の農地價格も此の例に洩れない筈である原告等はこの間の事情に釋然たらざるものありて只管農地價格の不當を攻撃しているのではあるまいか。

(六)  尚我國統制經濟に於ける物價體系に付て述べるがそれは法定價格體系と闇價格體系の二つがありそれが互に均衡状態を求めて動いていると見てよいこれに對し近代理論經濟學或はマルクス經濟學の理論が如何に適用さるべきやは政府の價格政策の問題となる戰後我國の經濟に於ては經濟的與件群及經濟外的與件群は次から次への變動を續け政治體制も社會制度もポツダム宣言受諾の線に沿つて急速に變革の道程を直進しているのであつて經濟構造も經濟均衡も亦確立を得ていないこの進行道程に於てこれ等與件群に即應して戰後の計畫經濟及統制經濟は行われているのである從つて法定價格の性格は(一)主體性を持つていると云うことにあつて法定價格は價格を所與のものとして需要量と供給量の計畫的變動を意圖される(二)固定的でないことであつて經濟與件の變動は從つてまた經濟構造の變動は一擧に理想状態に飛躍出來ないから法定價格もまた一擧に理想的な均衡價格としては實現出來ないのである程度機動的に操作される(三)現在の均衡價格ではないことで現在の經濟與件に對してある程度の不均衡價格を作爲し不均衡化に依る變動の過程を通して所與としての價格として扱うのであるが不均衡化の程度は經濟的經濟外的與件の變動に即應すべきものとすると云う樣な性格を持つのであるとされている。

(七)  我國統制經濟の物價體系に異議があり農地價格に不服がありとするもそれは經濟理論の適用或は物價政策換言すれば敎治の經濟面に於ける具現を云爲するものであつてそれがそれ自體違法性を包藏せざる限り司法の關する所ではなく原告等はそれが良政でなくて悪政であると云うに歸し政治の良否の責任を問うこととならねばならないこの點に於ても原告等の誤解なきことを望む。

(八)  そこで農地價格決定の内容を檢討することとする農地價格の内田は當該田に對する土地臺帳法に依る賃貸價格の四十倍の金額が價格であるが其算定は先ず田の反當玄米數量を二石と見て生産者價格一五〇圓消費者價格七五圓を米の價格として二石(供出を〇、五七一六自家保有を〇、四二八四の割とす)の價格を二三四圓三六とし副收入を一四圓三九とし兩者の合計二四八圓七五とし生産費を二一二圓三七とし兩者の差引二六圓三八を純收益とし利潤部分を八圓五〇とし兩者の差引二七圓八八を地代部分とし之を國債利廻三分六厘八毛で還元して七五七圓六〇を自作收益價格とし之を標準賃貸價格一九圓〇一にて除して三九、八五とし之を四〇に引直したものを田の倍率とした又畑は當該畑の土地臺帳法に依る賃貸價格の四八倍の金額か價格であるが其算定は先ず昭和十八年三月勸銀調査の畑の賣買價格四二九圓を田の賣買價格七二七圓と比較し比率〇、五九とし之を田の自作收益價格七五七圓六〇に乗じて四四六圓九八を自作收益價格とし之を標準賃貸價格九圓三三にて除して四七圓九とし之を四八に引直したものを畑の倍率としたことは一般公知の事實である。

(九)  農調法及自創法は農地所有權の性格を一變せしめた即ち公共の福祉に適合して定められたこととなる農調法は耕作者の地位の安定及農業生産力の維持增進を圖る爲農地關係の調整を爲すを目的とする(第一條)ものであつて農地處分の統制(第四條)農地變更の統制(第六條)土地取上の制限(第九條)小作料の金納化(第九條の二)小作料の統制(第九條の三)を定めて現に耕作する者の利用收益權を強化した結果は地主の農地所有權は最早や小作料を收納し得るだけの權能となり他方亦公共の福祉に適合して定められたこととなる自創法は耕作者の地位を安定しその勞働の成果を公正に享受させる爲自作農が急速且つ廣汎に創設し又土地の農業上の利用を增進し農業生産力の發展と農村に於ける民主的傾向の促進を圖ることを目的とする(第一條)ものであつて現に耕作する小作農に對して農地所有權を取得せしむることを企圖しているので農地所有權の内容は亦農地を自から耕作し之を使用收益することを性格とする財産權となつたのであるこの農地所有權の法的性格に基き農地改革の趣旨目的に從うべく農地價格算定の基準として働く農民が自己の農地を耕作する場合の價格即ち自作農收益價格が採用せられたと云うことになるのであるこの點に關し原告等は賃貸借の解除等が自由に爲し得る場合ありとし農地所有權が單純なる小作料を取立てるのみの財産權であることを否認しているが農調法第九條第一項但書のみを援用して同條第三項を見誤つた意見である即ち賃貸借の解除解約更新の拒絶は何れも制限せられているので自由に之を爲すことは出來ないのである。

(十)  ポツダム宣言受諾に基き我國は農地改革の實施に依り我國農村をして純然たる自由で且つ民主的な社會を創設する基盤となすべきことは政府の重要政策でありこれが爲に農調法及自創法を基幹として農地關係を調整すると共に耕作者の地位を安定しその勞働の成果を公正に享受させる爲自作農を急速且つ廣汎に創設することとなつた又改革の時期を昭和二十年十一月二十三日の現況に依ることとしそして農村に於ける經濟的障碍を除去して數世紀に亘る封建壓制の下農民を奴隷化して來た經濟的桎梏を打破することとなりたること又我國戰後の財政が極めて憂慮すべきインフレーションの最中に在ることは悉く一般公知の事實である農地價格の決定は經濟理論の嚴正なる適用に基きたることは勿論であるが前記農地所有權の法的性格乃至は右の如き我國の政治社會財政の諸事情が影響されていることも亦明白であらねばならない然し價格決定自體に於ては何等違法性の存立は認められないと解する。

(十一)  原告等は前記の倍率計算に對し自作收益價格を基準としたことに不滿を持つているが原告等主張の地主採算價格を基準とすることと比較すれば確かに原告等には不利益である然し我國從來の農業構造に在つては小作料は高く小作人の利潤の大部分は地主が取得し小作人はその最低生活を營む經費以外は全收益を小作料に支拂ひ時には小作人の勞働力の再生産費さへ喰込むことのある程高率であつたこのことは一般公知の事實であつてこの場合の經濟的或は經濟外的興件を特に云爲する迄もなくこの農業構造は改めらるべき社會状勢になつたことは明かであつて地主採算價格が基準とされることが許されぬところに社會制度の推移變革があることに思ひを致さなければならない。

(十二)  次に原告等は其主張の買收處分に於ける買收對價決定後經濟事情を激變ありたるにも拘らず何等考慮されないのは迂遠も甚だしいと攻撃している買收對價を自創法が定めたのは昭和二十一年十月であり同し基礎を持つ農調法の農地價格が定まつたのは其前の同年一月であつて其後昭和二十一年度産米及昭和二十二年度産米に付いて米の價格(生産者價格に於て)が石當五五〇圓及一七〇〇圓と改正され改定前米の價格は石當一五〇圓であつたのを斯く引上げたに拘らず農地價格を引上げず又農地の買收對價は之を据置き引上げなかつたことは一般公知の事實である然し農地買收對價は改定しなかつたことに理由がある即ち自創法は農地買收計畫を昭和二十年十一月二十三日の現況に基き實施することを定め手續の前後により起る不公平を除去せんとして居り又自作農は急速且つ廣汎に創設せらるべきことが定められ買收計畫は二カ年以内に實施すべく其買收農地の面積は二百萬乃至二百二十萬町歩と推定されているのであつて斯かる廣汎なる面積に付て買收處分を爲すに當り時々買收對價を調査變更するが如きことは買收手續の遷延を來すのは必然であり自創法の目的精神に反するものと解せらるる殊に米の價格を引上げたのは耕作者の農地運營に於ける生産費に屬する諸物價がインフレーションに依り引上げられたる結果のバリテイ計算に基きたるもので統制經濟に於ける物價體系の經濟原理として當然とされて居り斯かる生産費の膨脹は農地價格に影響あるべきではないとされていることは明かに統制經濟下農地價格の改定に付ても前述の如き政治社會財政の諸事情から來る經濟外與件に左右されざるを得ないことは亦一般公知の事實である然りとすれば農地價格に變更なき以上買收對價は依然元の農地價格を以て對價とすることとなるのであつて茲に於て再び我國が統制經濟下にあることを喚起する要がある。

(十三)  我國は降服後連合國最高司令部の管理下にあるところ最高司令部に於ては我國の農地改革に深き關心を持ち昭和二十年十二月以降數囘に亘り最高司令部より覺書或は聲明が發せられ我國が農調法及自創法を果斷實施し農地改革を二ケ年以内に完了を期することは連合國最高司令部の意圖に合致するものであることは亦一般公知の事實である。

(十四)  以上の如くであつて原告等の農地買收の買收對價は自創法第六條第三項に依り當該農地の賃貸價格の田は四十倍畑は四十八倍の金額の範圍内に於て決せらるべきところ、原告等に對し該金額の最高額に依つて爲されたことは當事者間爭がない(參照―菊澤村大字玉田四三六番畑一反二畝二十八歩に對し其賃貸價格一八圓一〇を四十八倍し八六八圓八〇を買收對價とされた)即ち買收對價は該農地の法定價格に一致するのであつて農地の法定價格を以て買收對價とされたのであるから憲法第二十九條の正當な補償でないとは云へないので止むを得ない所である。

(十五)  然し自創法には政府が農地の買收處分に關しては農地所有者に對し報償金を交付することが定められているのであるその金額は反當り田にあつては二二〇圓畑にあつては一三〇圓とされているから買收處分を受けたものは買收對價の外にこの報償金を取得することが出來る統制經濟下物價政策として報償金制度が採用せられているのであるがこの報償金の計算基準は田は反當玄米收量を二石とし基準小作料率〇、三九を乗じ七斗八升とし之を石當り政府買入價格五五圓で換算し四二圓九〇とし之より土地負擔六圓八九を除し三六圓〇一とし之を國債利廻〇、〇三六八にて還元し九七八圓五三とし之を田の地主採算價格とし之より田の自作收益價格七五七圓六〇を除し二二〇圓九三とし端數切捨て二二〇圓を田の報償金とした又畑は昭和十八年三月勸銀調査畑の賣買價格四二九圓と田の賣買價格七二七圓と比較し比率を〇、五九とし之を地主採算價格九七八圓五三に乗じ五五七七圓三二とし之を畑の地主採算價格とし之より畑の自作收益價格四四六圓九八を除し一三〇圓三五とし端數を切捨て一三〇圓を畑の報償金としたのである地主採算價格は前述の如く否定さるべきものであるがこれは地主が從來維持して來た經濟上の優位であつてこの既得の利益を否定せらるることが考慮せられて報償金も認められたのである。

(十六)  尚未墾地の買收對價は自創法第三十一條第二、三項自創法施行令第二十五條に基き中央農地委員會が當該未墾地に付き通常造成される農地を想定しこれと所在及位置が近似し等位の同一である農地の統制價格を基準として之に〇、四五を乗じたる額の範圍内たることを定め(勿論立木又は竹木は含まない)この範圍内にて縣農地委員會が縣知事の認可を得て決定すべきものにしてこの對價は反當り一〇三圓六八と決定せられていることは當事者間に爭がないそれで未墾地の買收對價に付ても正當な補償でないから憲法違背であると原告等は主張するが未墾地の買收對價は近傍類似の農地ではあるが其農地の統制價格を基準として決定せられたのであるから前段に於て田畑の買收對價に關して縷縷既述した所は全部茲に援用して之が理由として田畑の買收對價が正當な補償であると云へるが如く開墾地の買收對價も正當な補償であると云わざるを得ないこととする。

(第五)  原告等は自創法第六條(買收對價)等は原告等の社會的身分により政治的經濟的又は社會的關係に於て差別するもので憲法第十四條第一項に違背すると主張するがこれは原告等の僻見たるを免れない自創法及農調法の農地改革法は地主のみの犠牲に於て行われ小作人に厚く地主に薄い制度でないことは既に明かである原告等は反當り少くとも一萬數千圓の價格ある農地を地主からは無償同樣の對價にて買收し之を無償同樣の對價にて小作人に賣渡すものだと爲すが農地に一萬數千圓の價格ありと爲すことが既に正しい主張でないことは前述の通りであり事實は買收は正當な補償の下に行われ正當な對價を以て賣渡は行われているのである故に自創法農調法に從つて自創法第六條も憲法第十四條に違背するものではない。

(第六)  以上の説明に依り原告等の買收處分の買收對價は憲法に違背するものでなく正當なる補償と解するが故に右買收處分は有効にして之を變更すべきものでない又右買收處分が有効である結果原告等の土地は其の所有に歸し最早や原告等の所有には屬せざること明かである從つて原告等の被告等に對する所有權確認及買收處分の變更を求むる本訴請求も從て失當として棄却せざるを得ない訴訟費用は民事訴訟法第八十九條第九十三條第一項本文により敗訴の原告等の負擔たるべきものとし主文の通り判決を爲す次第である。

(目録省略)

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